

近時、石油高騰の折から少々面白い話を紹介します。
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明治初頭、洋風化の波が一気に日本に押し寄せてきたのはご存知のとおりです。その頃、西洋のものばかり買い込んでいたのでは、幾年もたたずに国内の金貨は外国に流出し、果ては神国日本も反古を抱いて滅びてしまうのではないかと心配し、「ランプ亡国論」を唱えた人がいます。
その人物は、文政5年、熊本県に生れた浄土真宗の僧、佐田介石です。つまり、『わが国には、菜種油もあり行灯もあるのに、わざわざ石油ランプを使えば、全国の石油代は膨大し、菜種油は荒廃して失業者もでます。それだけではありません、火災は増え、眼の力は弱ってしまうこととなります。そして、ついには日本国中で莫大な金を海外に流出し、国は亡びることになります』という考えです。こうした考えから、明治8年、佐田介石によって発明されたランプが菜種油を使う「観光灯」です。このランプは、当時、相当数売り出されたのではないかといわれています。
不思議な因縁ですが、佐田介石(等象斎介石上人とも)は、明治15年、全国行脚の折に柏崎の浄興寺に立ち寄り、すぐれた考えを披瀝し、その後、各地を巡って高田に至り、12月9日、そこで病にかかり亡くなったといいます。