

原力蔵 作
幕末、異国船来襲に備えて、柏崎市大久保で大砲が鋳造されました。
残念にも当時の大砲は残っていませんが、大砲の模型がありました。製作者は、原力蔵(得斎)で、兄(初代得斎)は佐渡市澤根の鋳物家元本間家に入婿した琢斎です。
文久年間、兄琢斎は佐渡奉行から、弟二代得斎は桑名藩主から、大砲の鋳造を命じられました。そこで兄弟して信州松代の佐久間象山の許に出かけて大砲の造り方を学び、苦心すること約1年、ついに成功させました。
完成した大砲の試し打ちをしたところ、大砲が破裂して見物の女の人が怪我をした話があります。この大砲模型は、昭和7年、信心深かった二代得斎が、市内北条の某寺に寄進したものを、吉田正太郎が掘り出し入手したものです。朱塗り木製車台は、後日、作ったものであり、「黒船館」、「柏崎記念物 原得斎」と書かれています。