

全国各地数ある郷土玩具のなかでも、最古の伝承をもつといわれるのがこの「蘇民将来」(そみんしょうらい)です。
蘇民将来は奈良時代の「備後風土記」に登場する人の名前です。説話によれば昔スサノオノ尊が、備後鞆の浦で土地の金持ちの巨但将来に宿を求めたとき、彼はこれを拒みました。そして貧しい兄の蘇民将来がこころよくこれを受け入れました。
その尊は出立の時「茅の輪を作り、家族はそれを腰にさげよ。かならず良いことがある。今後疫病が流行った時、おまえの子孫達には厄を免れさせる。」と告げたといいます。後疫病が流行するたびに、この家族だけは門標に「蘇民将来子孫」と掲げて厄を免れたということです。
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長野県上田市外の神川の天台宗浄瑠璃山国分寺の1月8日の縁日に、授与される信仰玩具てす。この護符は桃あるいは柳の木を六角柱に削り、六面に「蘇民・将来・子孫・人也・大福・長者」の文字を一面二文字づつ朱と墨で交互に記されています。中国の道教思想と日本の民間信仰が混交したものといわれています。
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同様のものは仙台市の木下薬師、米沢市郊外の笹野観音、愛知県津島市の津島神社、京都祇園の八坂神社等でも授与しています。備後国の伝承がなぜ信濃国に受け継れているのでしょう。
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一説には同寺が国分寺とあるように、奈良時代聖武天皇の発願により建立された、全国の国分寺建設に奉仕した大工の子孫にのみ、この製作が許されたと伝えられています。現在でも八日堂の蘇民将来の製作は神川の人々に限られています。