

戊辰戦争が終わって3年、東京日本橋箱屋町の和泉和助等によって人力車が考案されました。カゴと馬しか知らなかった当時の人々は、この新時代の交通手段に目を見張ったことでしょう。この1年後、明治4年には新橋横浜間の鉄道が開通しました。
郷土玩具の発生には豊作や厄除けといった日常生活での祈りが大きな要素になっていますが、この人力車はそれまでの伝統的なものとは異なり、新しい時代へのあこがれと驚きが込められています。伝承的な人形、玩具類はそれぞれにふるさとを持っており、都市よりも地方にその起源を多く求めることができますが、制作技法、着想などは都市の影響も大きいと言われています。
人力車もまず東京で生まれ、ついで大阪にも伝わりました。これらは糸引き物と言われ、車のついている玩具を糸でひいて遊びました。断髪令の出される前なので、チョンマゲ姿の男子が時代を感じさせます。これは大阪市東区新清水(現天王寺区下寺町)の毎月18日の縁日に1個1銭で売られていました。
解説文参考資料
畑野栄三著 全国郷土玩具ガイド
西沢笛畝著 日本郷土玩具事典
斎藤良輔著 郷土玩具辞典